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解釈の余地

物事に柔軟に対応するためには、できるだけ解釈の余地を広く残しておいた方がよい。
ただしそれは「その判断を下す人が信頼に値する」ということが大前提になる。
迅速に、適切に対処できる可能性と引き換えに、間違った方向に歩み出す危険性を大いに孕んでいるからである。


安保法案に反対するデモの参加者に向かって「法案を理解してるのか」とエラそーに言う人たちがいる。
ま、私のようなヒマ人は、ちょっとぐらい勉強したほうがいいとは思いますよ、確かに。


でも、やっぱ分からないよね。
ただでさえ、小難しい言葉を並べた法律を11本も、専門家じゃなければ、到底理解なんてできないし…。
法案を解説してるその専門家も、賛成か反対かの立場が透けて見える人たちばかりで、純粋に法案そのものを解釈してるとは思えないし…。
肝心の総理大臣の分かりやすい!? 説明は「財産いっぱい持ってる(とは言わなかったけど、ウチは鍵なんかかけなくてもドロボーにさえスルーされてるし)スガさんちに強盗が入った」だの、「不良のアソウくんがなぐられた(あ、不良『に』だっけ?)」だの、「火事と戦争を一緒くたにして、アメリカ家が火事になっても火を消しに行けない」だの、国民を小バカにしたようなものばかりだし…。


だから、いいんです!!
自民党、感じ悪いよね」「アベはキライ」だけで、デモに参加して、いいんです。
法案が成立したから戦争するワケじゃない、って言うけれど、少なくとも戦争に参加できる可能性を拡げるのだから、それを判断する現政権を信頼できない以上、さらに将来的にもこのような政権が誕生する可能性がある以上、法案成立に反対するのは理にかなってる。


選挙に勝ったからといって、なにをしてもいいワケじゃない。
所詮、半分以下の得票率で2/3の議席を占められるような選挙制度のおかげで勝っただけ。
さらに言えば、「多数決=民主主義」では。けっしてない。
有権者は、次の選挙まで政権党の独裁を甘んじて受け入れざるを得ないのではなく、気に入らない政策、気に入らない政党、気に入らない議員には「NO」の意志を表示しよう。


もちろん、今デモに参加している人が次の選挙ではしっかり投票をして、できるだけ投票率を上げることが、こんな与党や総理大臣に好き勝手させないことにつながるとは思うよ。